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世論は多くの人々が共有する意見であり、社会の統合化の促進、支配者の統治の正当化のために世論は重要であると考えられている。特に現代の議会制民主主義に基づいた社会においては選挙を通じて世論が政治的支配の正当性を左右することになる。すなわち世論は政治的リーダーに対する国民の意思表示としての機能があると言える。しかし世論がどのような内容となっているのか、またそもそも世論といえるような共通意見が世間一般に存在するのか、を知るのは相当程度に困難なことであり、単なるマスメディアの意見、ないし願望が「世論」として紹介されることも多いし、またアナウンス効果による世論操作と言われることもある。
世論と対外政策形成過程の関係についてはカナダの国際政治学者ホルスティがいる。ホルスティは先進国における世論の形成者である国民を、国際問題に強い関心や知識・意見を持つ関心層、関心はあるが知識がないために政党やマスコミの意見を受け入れることで自らの意見を持つ中間層、知識がないため意見が持てない無関心層に分類し、政策形成の過程において関心層の影響力が大きいとした。一般的な国際関係理論ではこのように無知な大衆を軽視し、少数エリート集団が対外政策過程に影響しているように考える傾向が強い。現実主義的な世界観が国家を統一的な政治共同体として認識していることが関係しているため、内部的な意見対立を研究対象としない場合もある。
市民社会における世論の起源は、17世紀のイギリスに求められる。17世紀の半ば、清教徒革命から王政復古の時期にかけてロンドンなどで社交場としてのコーヒー・ハウスが何軒も開店した。コーヒー・ハウスは、封建的な身分の枠を超えて、自由な言論が交わされる場として、また噂や新聞を通じた情報収集の場として、世論形成に重要な役割を果たしたとされている。
フランスではカフェやサロンが、同様に自由な言論の場となった。当時のフランスは絶対王政下にあったが、こうしたカフェやサロンといった空間にまでは、なかなか王権の統制が及ばなかった。当時、王権神授説に立脚した絶対王政を批判したフランスの啓蒙思想家たちは、国家権力の源を神意以外のものに見出そうとしていた。そうした中、社会契約説に基づき、自由かつ平等な市民が主体となり構成する政府、国家という考えを提示するのである。そして、そうした政府、国家を支える論拠となるのが世論であった。
フランス革命の中で台頭したナポレオンは、ローマ教皇の戴冠ではなく国民投票を経て皇帝に就いた。戴冠式にローマ教皇が出席したものの、彼は自ら冠をかぶっている。これは、かつての王権神授説によらない形で政治指導者が決定されたことを象徴しているともいえる。
19世紀以降、各国とも国民国家の形成が最重要課題となった。すると、その過程で国民統合を推進するためにも、オンラインゲーム
を無視して政治を行うことはもはや困難であった。こうして、政府、国家は世論を恐れるとともに、世論の懐柔を図るようになり、今日へと至っている。
民主主義国家の下では、政治家や企業、各種団体は常に世論の動向に注意を払う必要があり、世論はこれらと社会とを相互に結びつけるものであるとされている。これをノエル・ノイマンは「世論は社会的な皮膚である」と表した。
古代から近代にかけての政治家は、朝廷、幕府、藩の主体たる天皇、大名、将軍をはじめ、その重臣たる公卿や宿老、家老など執政・参政の地位にあった者を指すことが多い。
現代の日本では、国会議員、地方首長、地方議員などが代表的な存在である。比喩として、政治的な感性のある人、或いは巧妙な言動を取る人に対して政治家と呼ぶ場合もある。
政治資金規正法や公選法上の政治家の定義は、「公選によって選出される公職に在る者、同候補者、同候補者になろうとする者」、資金管理団体代表者は一概に政治家と定義される。
副知事、副市長、民間人閣僚、政治を志している人(政治活動家)も政治家と呼んで差し支えない。行政において裁量権を持つ高級官僚は政治家に含めないことが多いが、広義の意味では政治家に含める場合がある。
また、政治よりもお金や権力など利権を得ることにネットキャッシング
と思われる政治家を蔑称して政治屋(せいじや)と呼ぶこともある。日本の政治家の中に、特定の業界の単なる代理人でしかない者や暴力団と深いつながりを持っている者がいることも、こうした揶揄を生む理由となっている。
日本では族議員を初めとする政治家などがロビイストの役割を果たしているが、本来ロビー活動の費用や責任は業界団体などが自己負担すべきであり、政治家が非常に偏った特定利益のために公費で動くことは、その分他の政治活動が出来なくなるため、大多数の国民にとっては有害である。これは社員が別の会社のために動いているのと同じ事であり批判は根強い。
近年では、親族や親戚の後を継承した世襲政治家や、タレントとしての知名度を武器に当選したタレント政治家の割合が増えつつあるが、このような形で政治家となることに疑問を呈する意見もある。
選挙には、一定年齢に達したすべての住民に選挙権を与える普通選挙と、収入、資産、家柄などで仕事
する制限選挙がある。
一票の価値が平等な平等選挙と、納税額などで一票の価値に差がある不平等選挙とがある。
有権者が直接に候補者を選ぶ直接選挙と、選挙人を選んでさらにその選挙人が投票を行う間接選挙がある。
誰が何に投票したか分からない秘密投票による選挙と、署名などで投票内容が分かる公開投票による選挙とがある。
有権者が必ず投票しなければならない義務投票による選挙と、投票するかどうかを選択できる任意投票による選挙とがある。
スターリン主義的国家などでは、あらかじめ決められた1人の候補を信任するかしないかしか選べなかったり、あらかじめ決定されている政党ごとの議席配分リストに賛否を表明する等の、被選挙権の概念が無い選挙制度がとられていることが多い。
また、民主制を敷いている国でも、中選挙区制・古典小選挙区制などの、小さな定数の選挙区での単記非移譲式投票を選挙方法に選ぶと、デュヴェルジェの法則により被選挙権が事実上制限される。多数の候補者の立候補に対応していない貧弱な選挙制度を維持するため、被選挙権の行使に供託金が要求される国もある。
これらの国々では政治家の間に十分な自由競争が働かず、カルテルが組まれて政治家が民意を反映しなくなる恐れがある。
被選挙権すなわち「履歴書
になる権利」は、治者と被治者の自同性を確保する最も直接的な権利であり、民主制の根幹を成す。「アメリカでは誰でも大統領になれる」こそ民主制を謳う言葉であって、「アメリカでは誰でも大統領を選べる」は民主制か否かに触れていない。
国会議員などの公職選挙に見られるように、一般の有権者の投票によって選出する方式。被選挙権の用件は有権者の用件と一致する必要はない。このため一党独裁国家などでも、被選挙権行使用件に「独裁者の推薦」などを加えることで、体制を崩すこと無く公選を維持するところがある。あるいは他県在住の者でも立候補できる知事選のように、有権者の権利を持たない者を選出するところもある。民選とも。
官選
日本の政令指定都市の区長に見られるように、国家などの行政機関の指名によって選出する方式。必ずしも投票が行われるわけではないが、公選・互選との比較のため掲載する。
互選
日本の内閣総理大臣指名投票やバチカン市国におけるコンクラーベ(教皇選出選挙)に見られるように、関係者の間で行う投票によって選出する方式。公選と違い、選挙権と被選挙権の用件は一致する。大抵の民主制での公選は、一般の有権者も被選挙権を持つため、大規模な互選ともいえる(しかし、選挙権と被選挙権の用件が異なる場合も多く、厳密には互選とはいえない)。